プロ野球中日、阪神の監督を通算13年務め、計3度のリーグ優勝を果たしたが、国を代表して臨む国際大会での指揮は初めて。短期決戦での「負けられないプレッシャー」は、これまで経験したことのないものだった。 それも覚悟の上で監督を引き受けたのは「今の自分があるのは野球のおかげ。野球界に『恩返し』をしなければ」という思いから。東京六大学リーグで23勝を挙げた明治大時代は法政大の黄金期、中日のエースとして活躍した時代は巨人の9連覇の時期と重なる。「強者に立ち向かうことに闘志を燃やす男」というイメージは、野球を通じて確立された。 野球が公開競技だった1984年ロサンゼルス五輪以来、6大会の日本代表監督には、ほぼ全員に話を聞いた。昨年3月の国・地域別対抗戦「ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)」で日本代表を率い、「世界一」になった王貞治・ソフトバンク監督(67)からは「打撃戦より投手戦の想定を」とアドバイスされた。先輩たちの経験を吸収し、自ら対戦相手の情報収集、分析に当たることで選んだ戦術は「1点を大事にする野球」。打線は機動力重視、投手陣は若手先発陣とベテランの救援陣を組み合わせた。 03年に体調不良を理由に阪神監督を退任した経緯もあり、定期的に体の隅々まで検査して健康管理に気を配った。「体はもう大丈夫」。グラウンドでは自らノックバットを手にとって指導、試合中のダッグアウトでは「闘将」のイメージそのままに声を張り上げ続けたが、「五輪アジア代表」を決めた後には笑顔でこう話した。 「選手のおかげで、ここまで来られました」
http://sports.yahoo.co.jp/hl?c=event&a=20071203-00000146-mai-base
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星野JAPAN、北京行き決まって良かったですね。
次は金メダル目指して頑張ってほしいです。